ボケとツッコミについて

[Last up date: 07/01/19]
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ボケとツッコミについて

はじめに

前回の「漫才の型について」では、ボケとツッ コミについて少し強引に定義をしてみた。ボケについては、内容に着目して、非 常識な内容の発言を指し、常識的な発言と対をなすものとし、ツッコミは、行為 に着目して、話題に棹を差す行為を指すものとした。異議申立と考えても良い。

今回はこの定義を足掛りに、ボケとツッコミについていくつか考察してみた い。

ボケ・ツッコミと緊張・緩和

まず、緊張―緩和理論 *1 とボケ・ツッコミと笑いの関係について整理して みよう。

繰り返すが、ボケとは非常識な発言である。例えば不条理な理解不能な内容 であり、観客に緊張を生じる。

いとこい師匠の「とうねん取って28歳」というボケた話*2 で、観客は「アレ?」と疑問を 持ち、「うちの妻(サイ)がな」に対する「君とこの家は動物園か」という、ボケ たツッコミで、観客は「何を言っているのだろうか?」と宙ぶらりな気持にされ るのである。

ツッコミは異議申立である。常識的な話に対してボケたツッコミで緊張感を 生じさせたり、ボケた話に対して常識でツッコミを入れて観客の理解を助けて緊 張を緩和させたりする。すなわち緩和→緊張、緊張→緩和な変化を生じさせる手 段としてツッコミは利用される。

例えば笑いを生むには

緊張→緩和   ……(1)
の運動が基本であるから、ボケとツッコミの組合せによる笑いは、
ボケ→常識のツッコミ   ……(2)
という型が基本となる。最初のボケはボケた話題でも、常識的な話題に対するツッコミでも、ボケた話題に話題に対するさらにボケたツッコミでもかまわない。であるから2式の展開として、
ボケた話題→常識のツッコミ  ……(3)
常識的な話題→ボケたツッコミ→常識のツッコミ  ……(4)
などが笑いを生じさせるパターンとなるのである。

落語とツッコミ

落語においては、登場人物がトボケている場合が多く、大概の会話はボケで あるとも言えるが、落語は会話で成り立たせている部分が多いため、ツッコミ的 な発言も少くない。

そこで落語の会話の中にあるツッコミの例を見てみよう。

まずは志ん生の黄金餅*3から

「水飲んじゃあ便所ィ行ってるんです」
「そうすると治るかい?」
「病が下りゃァしないかと思って……」
***冗談いっ ちゃァいけね。*** こういう時はなんだぜ、自分が食いてえものを食うと、 それから元気がつくッてえが、なんか食いてえものァねえか?」
もう一つ、同じく志ん生の三枚起請*3から
「悪かないけどもさ、その女ってえのは素人(しろ)か玄人(くろ)かい?」
「へえ、斑(ぶち)なんだよ」
***そりゃあ犬だよ***
「だってお前さんが、白か黒か?」
「いえ、そうじゃない、しろってのは素人だよ、くろってのァ商売人だよ、素人か玄人かッて聞くんだよ」
ここにあげた2例は、相手のトボケた発言に対して、相手の間違いを否 定するツッコミを入れている。ただし、単に否定するのだけではなく、 その後で、間違いを正すなり、諭すなり、嗜めるなりの間違えた相手へのフォロー が続いている。この他にも、おっちょこちょいの旦那の間違いを嗜める妻や、店 子を諭す大家(でも言うことを聞かずにトラブルが大きくなる)というパターンは 容易に思い出せるのではないか。

これに似た例で、ツッコミ自体が相手の脱線の嗜めになっているものがある。

米朝の地獄八景亡者戯*4から

乙「(手品を始めて)まず広げまする右の手に指が五本、左の手に指が五本、これが一つの不思議……」
甲「何の不思議があることかい。四本あったら不思議や」
丙「三本あったら鬼の手や」
甲「***いらんこと言いな、お前は***
(乙の手品が続く)
とツッコミで話を本線に戻している。

また違ったパターンのツッコミもある。志ん生の火焔太鼓*3のクスグリから

「ェェ小野小町が鎮西八郎為朝のとこィやった手紙が、あるんですがな」
「面白いねェそりゃァねェ(中略)***おい、ちょっと待っておくれよ。 小野小町と鎮西八郎為朝じゃァおめえ、時代が違うからあるわけがないよ ***
「わけがないのがあるから珍しい」
真中のセリフは、相手の間違った主張に対して反論をするツッコミだか、それに 対して、ボケてる方が再反論をして更に不条理度を高めている。いとしこいしの 「とうねんとって28歳」ネタと同じパターンである。このようなやりとりや『有 馬小便』のようにナンセンスな状況を作り出す時に使われている。

これとちょっと似ているのが、米朝の地獄八景亡者戯から

(三途の川の渡し賃が死に方で変るということで)
「わたい肺ガンでな」
「おう、肺ガンか。たばこを吸うたか」
「もうニコチン中毒やな。朝から晩まで吸い続けやった」
「うん、六百四十円だせ」
***何でだんねん***
「ハッパ六十四やろ」
これはツッコミに含まれるか微妙なのだが、謎の提示に対して回答の催促という 意味で、広い意味でのツッコミと考えても良いだろう。同じパターンは三河万歳の有名なネタ
「じゃ(蛇)ァになったじゃになった、当家の若様、じゃになった。」
***なにジャになられた***
「長者になられた」
にも見られる。

これらを見ると、落語の中のツッコミは、相手の発言に異議を立てているが、 最近の漫才によくあるような話を中断させて差し戻すためではなく、話をそのま まスムーズに進行させるために使われているようである。

おわりに

とりあえず今回は、ボケとツッコミの性状とパターンについて見てみた。

調査が足りなくて触れなかったが、東海道中膝栗毛のような江戸時代の洒落 本の会話にもツッコミ的なものは見られ、それは相手の脱線を嗜めたり、会話の 調子を整えるようなものであるようである。

ツッコミを幅広く捉えると、通常の会話の反論や、合いの手のようなものま でツッコミに見えてしまう。ツッコミはもともとそういう合いの手のようなもの だったのかもしれないが、そこまでツッコミの定義を広げると、全ての反応がツッ コミになってしまって何も定義していないのに等しくなるおそれがある。

もう少し厳密にツッコミを性格付ける必要があるようである。

(2004-11-21)

*1 桂枝雀,『らくごDE枝雀』,ちくま文庫,筑摩書房,1993
*2 会話は「とうねん取って28歳」「なんでやねん」「38歳から十年(とうねん)取ったら28歳やろう」と続く。
*3 古今亭志ん生,『古典落語 志ん生集』,ちくま文庫,筑摩書房,1989
*4 桂米朝,『桂米朝コレクション2』,ちくま文庫,筑摩書房,2002


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